戦後の雇用政策の移り変わり

2011.12.02

戦後の雇用政策の基本は正社員−終身雇用−企業の三つを中心に形成されてきた。日本では中小企業が多いことを考えると、安定した終身雇用制度に守られてきたのはごく一部の大企業正社員だけということになるが、右肩上がりの経済成長や大企業、中小企業の下請関係などが不安定さを緩和した。それに対して、政府はその体制を後押しして、企業ができるだけ雇用を抱えることができるようにサポートしてきた。もちろん、政府が戦後一貫して正社員・終身雇用で企業が雇用を抱えることを基本にしてきたわけではない。

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1970年頃までは労働移動を活発化するような政策も追求してきた。このような政策が変化したのが、1970年頃〜1980年半ばにかけてである。二度の石油危機の余波をうけて、失業者が100万人を超え、失業率も2%台で推移した時期である。この時期の政策の特徴は、1970年頃までのように失業者の再就職を促すという考え方から、事前に失業を防止して、雇用の安定を図ることを重視するようになったことだった。その象徴的な制度としては「雇用安定資金制度」(1977年)をあげることができるだろう。これは景気変動などによって事業活動の縮小を余儀なくされた場合、経営者が労働者に支払った休業手当の一部を支払う「雇用調整給付金」などを助成することで、失業を予防しようという制度である。この時期から1990年代後半のバブル崩壊期まで、政府は正社員・終身雇用制度で企業が雇用を抱えるという政策を堅持する。その意味では、直接的な雇用責任を担ってきたのは企業であり、政府は直接国民個々人の雇用を支えるというよりも、企業を支えることで国民の雇用を支えようとしてきたのである。




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